渡英する前の仕事の一つが、「大学職員セミナー」であった。http://www.hokudai.ac.jp/shinchaku.php?did=286
今年のセミナーは、昨日、土曜日に参加者50数名で行われた。
このセミナーは、これまでに三回行ってきた。
今年の趣旨は以下であった。
「 2006年度から、H大学では、
(1)職場である大学を、日常業務の立場から少し離れた視点で捉え、
(2)現場で起きている問題の背景、改革の方向について考え、
(3)他の参加者や講師と議論しながら、今後の課題を探っていく、
ことを目的として、大学職員なら誰でも気軽に参加することができるような公開講座形式のセミナーを開催してきました。
今年度は、「職員の働きがいとキャリア形成」をテーマに掲げて、大学職員が意欲をもって働き、キャリア形成していくための条件を探っていきます。
第I部では、長年「カレッジ・マネジメント」編集にたずさわってきた中津井泉さんをお招きし、職員のリクルーティングとキャリア形成について講演いただき、あわせて、職務経歴書を書くワークショップを行います。
第II部では、参加者がグループ討論を行い、レポートをまとめることを通じて、大学職員のキャリア形成のために職員、大学がすべきこと、それらを北海道地域で実現するための課題などについて考えていきます。第I部講師の中津井さんにも講評をいただく」
初年度(2006年)は、大学職員の総合的力量形成のための企画として、4つの報告(同志社大学山田礼子氏、広島大学山本慎一氏、H大事務局長遠藤氏(当時)、それに小生)と午後にワークショップを行う形式であった。対象者は、北海道内の国、公、私の大学職員。主催は、H大大学院教育学研究院、高等教育機能開発総合センター生涯学習計画研究部、それに大学事務局本部からの支援を得た。さらに私立大学協会などにも申し入れをしてきた。
昨年(2007年)は、法人化や大学の競争的環境の下での教職員の健康(メンタル、フィジカル両面)についての啓発的講義と討議を行った。厳しい大学教職員の実態が浮かび上がったが、その対処方策が未整備であるという印象が共有された認識であった。また、討議では、学生支援に対する新しい踏みだし(学生の成績の親元への送付、キャリア形成支援など)などが報告され。きめの細やかな学生支援のありかたが大いに議論となったといえる。
http://blog.university-staff.net/archives/2008/02/post-1258.html
このセミナーを行うためには、事前調査期間があった。僕を含む数人のメンバーで、各地の大学でのセミナーや、大学院コースについての聞き取り調査を2年行った。(2004,2005) (訪問調査したのは、桜美林大学、筑波大学、東京大学、河合塾「大学における社会人基礎力の育成・評価手法開発事業」の研究聞き取り、名古屋大学、名城大学、東海高等教育研究所、立命館大学、コンソーシアム京都であった。)確かに、進んだ事例とともに、問題点の多くも認識できて有意義な調査であった。そのうえで、まずできるところから始めようとしたわけである。
考えてみれば、近年、大学の研究、教育、管理運営、社会貢献などにおいて、総合的な力量(「大学力」と言うらしい。何でも「力」をつければよいのかと思うが)をいかに形成するかが、問題とされてくるようになってきた。当初(今も)は、研究の競争的外部資金獲得が強調され、競争的環境が次第に日常化するようになってきた。この面での多くの問題性については、このブログで前に書いた。
その次に強調されるようになってきたのが、<教育力の向上>である。大学の教員は、研究が出来ればよいということでもだめだと言うわけである。GP(good practice)による競争的資金獲得、学生からの教員評価の導入、人事考課における教員の教育・研究評価、などが一斉に強められてきた。こうした活動を促進させるためにであろうか。あっと言う間に、高等教育センターあるいは大学教育センターなどという部局組織が全国(国公私を問わず)の大学に設置されてきた。(その数は今や生涯学習教育研究センター数を上回るようになった。)また、最近では、大学評価が重要な課題となってくると、大学評価管理室などに、研究者でもあり、行政職員でもあるような人材が求められるようにもなってきた。(こうした分野にたずさわる人々の研究は、自主的・自発的・批判的な自由な研究であるよりも、業務的、水先案内的、誘導的、時限限定的研究である場合が多い。(mission driven researchというらしく、時に研究者に深刻な悩みをもたらすことになる)
そして、大学教員にはFD(faculty development)が強調されてきた。「一頃、FDというと(floppy disk)と間違われたが、もはやそうではなくなった」などという切り出しで、笑いを誘うべく話し始める人もいたがそれとて、もう古くて、もはや誰も笑わない。FDの進め方にはいくつかの異なるアプローチがあり、それぞれの実情に即した実践が積み上げられていくべきであり、また教育学的に意味のある方法とは何かなど大いに研究が必要だ。しかし、そうした研究が十分に展開され、認識が共有される前に、政策の前倒しが行われるのがこの国の昨今の特徴だ。研究的に、きちんとした検証なしで政策が進むのはいかがなものだろうか。従って、大学・大学院設置基準改訂によって義務化がされたので、すべての部局でFDを実施しなければならないなどという、無内容な強要が行われていくことになる。
ともかくも、大学教員のFDは動き始めている。
ところが、大学職員の研修や教育・技術・総合的知見の能力開発(一般にSDと呼ばれる)は、これまで等閑視されがちであった。しかし、教員だけでは、大学は動かないし、運営できるものではない。大学の教育・研究・経営・地域貢献の総合的力量形成には、大学職員と大学教員の参加と協働なくしてははできない。(本来は、これに「学生・院生、大学生協などの全構成員が加わるべきだと僕は思うが・・)従って、「教職協同」なる言葉が使われるようになってきた(僕の考えでは、「教学職協同」が本来は必要なのだが)こと自体は歓迎すべきことだ。
そうした中で、すでに触れたように、いくつかの大学や教育機関、大学コンソーシアム機関などでのSD(staff development)研修が盛んになりはじめ、特定の大学では大学アドミニストレーターの大学院コースが新設され始めてきた。しかし、まだ圧倒的に少数派である。
この場合、FDとSDを区別する議論はアメリカのスタイル(英国では、SDで、教員と職員の教育・実務力量開発の双方を包含している)である。近年の大学改革全般、外部資金による選択と集中の競争的財政原理、専門職大学院などの動向もアメリカ起源が多いことは、よく知られている。果たして、これほどまでにアメリカ追随、アメリカ礼賛で、鵜呑みでよいのかは議論が必要なのだが、こと大学職員の力量形成に関しては、例外的であった。圧倒的に遅れてきた分野で あった。
今年の講師は、長年「カレッジ・マネジメント」編集にたずさわってきた中津井泉さんであった。民間企業(話の素材はリクルート社であったが)の人材育成と、大学での人材育成の異同、各地の大学での改革事例、大学職員として働くときの自信と誇りの自己形成の方策など、僕には賛同する面と異論と両方あったが、刺激的な話であった。午後には、3つのグループに分かれて、ワークショップがもたれた。若手の教員と職員のファシリテータ-がそれぞれに入って、ワークシートの作成と、それにもとづく討議、最後は、B紙、実物投影機、パワーポイントスライドの三つの方法で各グループの議論が報告された。参加者の感想は概して好評だったようだ。もっと交流したい、互いに連絡を取りたいなどの声が出て、二十人近い参加による懇親会も盛り上がった。
僕の今のところの感想は次のようなことだ。
①SD,FDへのスタンス
大学改革情報の量と質、スピードも急速に変化してきた。文科省の大学改革方向や中期計画、大学の総合計画などで「SD」に触れることも多くなってきた。セミナー、研修などには、FD/SDセミナーという名での併設型セミナーや、FD・SD・TAD(teaching asssitant development)三位一体型の事業も登場してきた。FDにしろ、SDにしろ、僕たちの考えと政策当事者の考えとは必ずしも同じではないであろう。しかし、呉越同舟ではないが、参加による組み替え可能な課題も多い。昨日の参加者の若手の大学職員の方々の意見や、要望は貴重な裏付けでもあり、力強い後押し材料でもある。懇親会にも、そうした熱心な人々も参加されて、今後の方向が示唆された。
②現状での踏み込み
FDにしろ,SDにしろ、まだ実践も研究も端緒についたばかりだ。僕は、所属する大学での次世代FDの検討委員会メンバーでもあるが、実情にふさわしい形で、互いの意欲や力量形成がはかられることが必要だ。そのための多くの人の議論と研究が必要だ。
人事考課などでの評価手段としての利用やそれが競争的排他的になされるとすれば最悪だ。処遇全体を引き下げておいて、こういう面での褒賞を言うのは品格のない議論である。褒賞がともなわないとインセンテイブが働かないというのは、働くものをはずかしめる管理者の分断統治、調教の論理である。
気持ちの良い、協同・協働・共同の職場環境の中での教育と研究の力の拡大こそが、本人は無論、学生や院生に有意義な道である。
③地域でのコンソーシアム的連携の可能性の探究、大学院制度の組織化
これは、各地の事例に学びつつも、この地域にふさわしい方途の開拓が必要だ。単純な排他的優勝劣敗の競争は何ももたらさない。競争の中にも、連携の豊かな可能性こそが重要だ。各地のコンソーシアムの運動の良い面を学ぶ必要がある。大学院のありかたも、問題点の所在も含めて、具体的な検討の時期になってきている。
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