短期の滞在中にも、この英国にも気になる事件がおきる。今日は、その一つを紹介しておこう。
<*まだ最終判断を持っているわけではないが、僕の中間的感想である。
日本でも、この間、実の子どもを橋から落として死なせた事件や、少女を長期間閉じ込めて監禁していた事件などが報道されてきた。その場合も、母親非難や福祉行政批判、事件の猟奇性などが取りざたされ、さまざまな意見や主張が新聞やネットで巻き起こった。それらの表面の問題としてではなく、社会の福祉政策や貧困問題と重ねて見ることの問題関心が僕にはある。>
このところ、テレビや新聞では、ブラウン政権下での児童虐待事件や不適切な児童手当支給による犠牲の象徴になっている2つの事件の報道が連日紙面(画面)を飾る場合が多い。HaringeyのBaby P事件とKirkleesの児童虐待・誘拐事件である。
これは、労働党、保守党、自由民主党の3党間の福祉政策の政治的争点ともなっており、スキャンダラスな報道を行う、サンやデイリーテレグラフ、デイリーメールなどでは、不適切な監査評価を行ってきたと社会福祉部局及び職員バッシングを行い、(幾人かの担当責任者がこのことで辞任した)同時に、だらしのない親による児童虐待事件との個人的事情の扇情的攻撃が盛んに行われてきた。
(例えば、Kirklees事件のKaren Mathewsに対して、Lazy, sex mad and living on benefits, a pathetic symbol of broken Britain; Daily Mail,5th December)
大学人や知識人、中産階層は比較的冷静だが、こうした世論誘導に暗黙裡に動かされている場合が多い。事態について、少し距離を置いての報道としては、新聞ガーデイアンの記事が信頼できそうだ。そのガーデイアンによれば、政府機関のOfsted*1は、地方自治体の児童保護行政が、不適切な評価をこの間行ってきて、子どもの犠牲を招いたことを正式に認めた。(12月5日)とくに、東ロンドンのHaringey地区のBaby P死亡事件はその象徴となっている。
http://www.haringey.gov.uk/
HaringeyのBaby P死亡事件の場合、視察官(Inspector)の評価は、自治体の児童保護行政は良好との監査結果報告を出していた。しかし、事件は起きた。何故か。この背後には、児童保護行政評価の構造的欠陥があるとしたのである。Baby Pの死亡後わずか数週間後に出た「良好」という評価は、視察官から良い評価を得たいがための自治体の虚偽のデータが背後に隠されていた結果であった。Ofstedは、この事件の誤りを解析して教訓としたい。この事件に限らず、これまで、自治体の社会福祉職員が行う調査は、機械的に子どもの親もしくは保護者に、その家で聞き取りをするというだけのものであった。Baby Pは、母親と同居する男性から継続的な身体的虐待を受けながら-その間に60回もの異なった社会福祉職員からの聞き取りが行われながら-家から引き離して保護されることはなかった。政府の児童保護政策は、昨年9月に見直され基準が公開されたばかりであった。それによれば、3年毎の監査がすべての地域で行われ、その結果が公開され、次の見直しにつながるはずであった。問題は、実施する部局間の情報交換や意見討議がなされず、機械的な訪問調査質問紙の事務分析だけに頼るものだったことである。ここで問われるのは、社会福祉職員がどこまで家庭内に踏み込むか、それが問われるとともに、今回の事件で社会福祉職員が自分の職及びモラルについて自信を失うことが大きな憂慮であるとHaringey地区の福祉担当者は述べた。また、Haringey地区行政当局は、この事件に関する政府見解に対して深い反省の意を表明したが、この種の事件がこれで終わることにはならない。これをどう考えたら良いのか。
http://www.haringey.gov.uk/index/news_and_events/babypstatements_1dec.htm
もうひとつの事件も、上記の英国社会の現状と関連して起きた。西ヨークシャーのKirklees市で、シャノン・マシューズ(Shannon Mathews,10歳)という少女が誘拐され、3.20m£もかけた大規模な捜査が行われ、発見の報奨金には5万ポンドが用意された事件である。その結果は、犯人は、実の母親のKaren Mathews(33歳)と同居するMichael Donovan(40歳)であった。彼らは、近く開かれるリーズの法廷で重刑が課せられるのは必至だという。
シャノンは、2マイルと離れていないところに閉じ込められていた。
カレンの子どもは7人いるが、5人の違う相手との子どもである。その7人の子どもに対して週に350ポンドの手当てが支給され、その大半がアルコールとドラッグに使われ家は荒れ放題、子どもたちはネグレクトされ、おとなしく静かにしていればポトテトチップスの類があてがわれ、そうでなければぶたれる。大衆紙は、カレンのそういう児童福祉手当て目当てに子どもを生み、挙句の果ての誘拐事件だった、「壊れた英国社会」の象徴と事件をスキャンダラスに報道したのである。また、シャノンは実の父親に会いたかったと述べていたという。
Kirklees市もまた政府の自治体の効率性のリーグテーブルでは四つ星の高い評価を得ている自治体である。ハダスフィールド地区選出労働党議員バリー・シーアマン(Barry Sheerman)は、下院の子ども、学校、家族委員会の議長であり,「これは他のHaringey事件ではない。Kirkleesは、社会サービスでは高い評価を得ている自治体であり、この悲しむべき事件を直視して、静かにいかなる教訓を学ぶことができるかを考えるべきだ」と報道機関に述べている。
これらの事件をどう考えたら良いのか。ガーデイアンのポーリー・トインビー記者の見解はその一つの示唆を与えるものであろう。
(12月6日記事、It is a desperate tale, but far from proof of broken Britain
)
ポーリー・トインビーは、2つの事件ともに、拙速にこれが壊れた英国社会の象徴とか言うべきではないし、これらのことが貧困の淵にいる家族への攻撃に利用されてはならないと警告している。
子どもの貧困問題は、英国社会の重要な警告となってきているが、カレンマシューズのようなケースに政府の税支出を許してはならないなどのデマゴギーに引きずり込まれてはならない。政府統計調査では、国民の最下層の2%が、最貧困の淵に立たされている。それでも多くの親たちは子どもを愛し協調して生活しようと闘っている、しかしその2%の四分の一が(0.5%)が、アルコール、ドラッグ、精神的病気、あるいは犯罪、虐待の危機にさらされている。これらに対して、労働党政府は、ニュー・デイール、シュア・スタート子どもセンター、問題をもつ家庭介入プロジェクト、などを行ってきた。その成果は、否定すべきではない。
しかし、もっと深刻な危機をもつ家族に対して、そして人権侵害や虐待のおそれをもつ子どもをいかに救うかが大事な課題となっている。過去30年間で英国の児童虐待による死亡比率は50%低下してきた。簡単な結果を拙速に求めるべきではないが、社会的連帯、地域の相互の信頼関係をいかに築いていくかこそが焦点となっている。カレンマシューズの近隣の人々は、シャノンの捜索にリーフレットを印刷し、家族を支え、日中は無論、厳しい寒い夜も協力して取り組んだ。こうした努力を見ずに、だらしのない親たちに福祉費用を払うべきではないとか簡単に壊れた英国と言うべきではない。
こうした事情は、日本の子どもたちの貧困や児童虐待問題と共通する課題を持っているように思うがどうであろうか。
*1Ofsted :the Office for Standards in Education, Children's Services and Skills、が正式名称。2007年4月1日発足、日本語では、教育監査局・機構もしくは教育水準局が使用される場合が多い。従来分離されていた機能を統合したので、すべての年齢の教育機関及び学習者の評価監査だけでなく、子どもや若者の保護についても役割をもつ。
http://www.ofsted.gov.uk/
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