6月4日(土)
毎年、社会教育学会では、東京での6月集会に前後して、各地で6月集会を開催する。九州、中四国、関西、東海・北陸、東北・北海道の集会である。
今年の(東京)6月集会の会場は、明治大学。色々な学会や研究会でお茶の水のキャンパスを利用するが確かに、アクセスは便利である。(ちなみに、今年の入試での志望者数は明治が早稲田を抜いたとニュースになっていた)
ホテルにいったん荷物を預けて会場に向かった。
初日の企画は、プロジェクト研究が2つ。「アイヌ民族・先住民族をめぐる教育の課題」と「社会教育としてのESD」である。僕は、後者に参加した。
テーマは、「社会教育としてのESDからの問いかけ-教育実践研究への寄与と”生涯学習社会”の展望」である。この企画は、環境教育学会と社会教育学会とのジョイントプログラムでもある。
報告は、「環境教育学におけるESD研究の動向と課題」(児玉敏也氏・藤沢南小学校)、
「ESDと人の自己認識をめぐる社会教育の課題」(牧野篤氏:東京大学)の二本である。
コメンテーターは降旗信一氏(東京農工大)、大高研道氏(聖学院大)、荻野亮吾氏(東大)の3人、司会は笹川孝一氏(法政大)である。
まずは、ESDとは何かをめぐっての多様な文脈での理解を相互に承認することが議論の前提であった。たとえば、環境教育学会と社会教育学会とのとらえかたの差異は、同時に、実践領域や実践内容の文脈差を理解することにもあった。環境教育学会は実践重視、社会教育学会は理論的アプローチ優先との指摘もあったが、はたしてそうなのかどうかも検証される必要があろう。
ただし、かつての「公害と教育」の視点に見られた現実への批判的まなざしが、サステイナビリテイ・デイベロップメント(SD)という言葉に置き換えられることによって生じた脱文脈化の問題の指摘は重要である。たとえば、3.11の福島原発事故をとらえる場合の一つの争点ともなるものであった。「環境教育」を行う学校現場では、原発は触れないか、あるいは「安全神話」にからめとられてきたからである。社会教育においても、かつて公害を批判した視点は、希薄化してきたとの声もあった。
何をもって、維持可能な未来社会を展望するのかが問題なのである。それは、OECDの知識基盤社会を批判し、それに対抗するのは学習基盤社会と言ってみるだけで解決するような問題ではない。ESDは、その意味で関わる人の姿勢や、知の関心のありかたとしての<教養>観の根底に関わる問題といえる。
私たちは、情報のありようや生き方のありようをいかなる価値と行為をもってコミットしていくのか。討議では、twitterや情報のSNSのことも話題になったが、ネットの電脳空間での情報拡大と拡散が、はたして顔対顔のコミュニケーションを凌駕するtoolとして決定的なのかどうか、それが社会を変えるような力をもつのかどうか。僕には、そのようなメデイアの言説の流行には懐疑的なところがある。その意味でも、どうやら後期近代の実践的コミュニテイに対する私たちの関わりようがとわれていることは確かである。
ただしこの日は、まだ納得のいくといった段階には至らず、なにかまだ、互いに了解可能な言葉を探しあぐねているようなもどかしさが、最後まで続いたように僕には思えた。
その後、会場校企画として「大学における社会教育職員養成の展望-社養協からの提案」がもたれた。
「職員養成問題の現状と課題-社養協アンケート調査を踏まえて」(田中雅文、日本女子大)、「年間を通した実習の受け入れ-明治大学等との連携」(井口啓太郎・国立市公民館)、「まちづくりの担い手を育てる社会教育主事講習-お茶の水女子大学挑戦」(三輪建二・お茶の水女子大学)であった。
現実の社会教育職員のはたらきの時空間(職場)のリストラと空洞化のすさまじい勢いに対して、大学や学会がいかなるオルタナテイブを持ち得るのか。職員の養成方策と専門職議論がいかなるリアリテイと希望を生み出すのか。
そのような、ややペシミステイックな感慨にとらわれがちな現実の厳しさがあるのも確かである。しかし、悲観からは展望は出ない。また、何かマジックを求めても、それは現実的ではない。
その意味では、いきおい、職員養成課程を置く大学の報告と社会教育主事講習の革新事例を語ることで展望を見いだしていくことになるのはやむを得ないのかも知れない。
とはいえど、残念ながら そのような関わりから排除されている大学、あるいは「職員養成」に関わりきれずにいる研究者は何を手がかりに考えていけばよいのであろうか?
それは、現場での職員や学習者と関わることでしか見えないのだが、それは現場を支える一端でしかない。
もしも、学会としてこの問題を本当に生きた関わりにするのであれば、今ひとつ枠組みをひろげないと見えてこないであろうし、またインターカレッジな活動をしない限り、職員養成問題は学会員の関心として広がらないのではないか。そんな疑問もふと浮かんでしまった。これは、その限りでは、報告された貴重な内容に失礼な感想であると恥じ入るのだが・・・。
終了後、息子と会おうと朝電話したが、彼の都合がつかずキャンセル。それで、今はこの学会では理事でもないので、この日はとくに用務もなく、夕食後おとなしくホテルに戻った。
第二日
午前はやはり二つのプロジェクト研究があった。
「労働の場のエンパワメント-労働の場からの排除と社会教育の課題」と
「社会教育における評価-NPO・NGOにおける参加型評価の理論と実践」である。
僕は前者に参加した。
「自分らしく生きることと労働-障がい者就労支援のジレンマ」(津田英二・神戸大学)、
「労働の場におけるジェンダー構造と女性労働者の学習」(廣森直子・青森県立保健大学)、
「若者の労働への参入・排除とアイデンテイテイ・コミュニテイ」(乾彰夫・首都大学東京)、である。
労働のモダンシステムにおけるジェンダー問題、障がい者問題と、それを超えての後期近代におけるジェンダー問題、障がい者問題の違いとは何か、あるいはエンプロイアビリテイのみを脅迫してくるワークフェア国家の社会政策に対して、そこからこぼれおちていく個々のひとびとのリアルな生に迫るには、労働の場だけを問うていてよいのか、コミュニテイとの連関が抜け落ちていないか、地元ネットワークと称されるアンダークラスの若者の結びつきをいかにとらえかえすのか、など社会教育の真価が問われているとの問題提起があった。
いずれも、考えさせられる指摘である。フロアからは、リスボン協定の実施状況における欧州のエンプロイアビリテイの失敗の状況が補足発言され、学歴による雇用打開信仰の神話の指摘もあった。
このように、多くの論点があり、僕も質問したが、ここでは省略する。
終了後、昼の時間には、国際交流委員会。次回の日韓両学会での課題やICAEの会議、その他が論議された。
午後は、緊急フォーラム「大震災と社会教育」に参加、東北大学のIさん、福島大学のCHさん、岩手のT公民館のKさんの報告があり、いずれも我々が受け止めるべき根本的な課題を提起して頂いた。
切実な報告内容に、すぐにはなんと言ってよいのか、声を失ってしまった。
報告を聞いて気持ちが重くなって窓を見やった。リバテイタワーからは、お茶の水神田近辺のビル街が眺望される。巨大都市東京の一部である。言うまでもなく、この地に供給する電力の一部が遠く離れての新潟や福島の原発によってまかなわれてきたのだ。重い報告を聞くと、そのような目線でビル街を眺めることになる。
終了後、夕刻前に、韓国プルム学校調査の打ち合わせを行い、飛行機の都合もあり途中で辞して帰途についた。
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