キースやコリンと約束していたヨークシャーデール(国立公園 National Parkのひとつ)散策。これで、過去から数えて何度目だろう。キースとは3回目、コリンとは4回目だ。
11月8日 土
朝早く起きて、食事支度、片づけ。出かける準備、バスの番号でリーズ駅まで行くのは、1番、95番。駅構内のスターバックコーヒー(この地にもスタバが増えた)でコリンと待ち合わせの約束をしていたのだ。キースと2人の留学生が来て、合流。スウーデンの留学生は、キースの家に寄宿して数週間滞在している。彼の家にはよく欧米系の外国人が短期寄留することがある。二人とも、既婚で、ヨハンナともう一人の名は失念。失念した方の女性は、元々はカナダ人だが、フランス系カナダ人と英国系カナダ人の両親を持ち英仏語を母語として、モントリオールでスウエーデン人と結婚し今はスウエーデンに10年住み、子どもが二人いる。無論、スウエーデン語も全く不自由していない。元は、エンジニアリングの研究者だが、子どもが小さいので、今は英語とフランス語を大学で教えている。もう一人のヨハンナも既婚だが、文化研究がメジャーらしい。二人とも良くしゃべり、英語とスウエーデン後が瞬時に切り替わる。一般にスウエーデン人は英語がネーテイブに近い水準の人が多いが、その通り。コリンは、カナダで10年ほど仕事をしたことがあるので、カナダの話題に事欠かない。
私鉄化したノーザーン鉄道で、リーズから目的地のClaphamまで切符を求め、コンコースで並び時間通りに来たと、コリンは、英国の鉄道もon timeで決まった位置に停車するようになったと自慢する。一緒に乗り込む。皆、座席についてしばらく話をしていると車内放送を聞いていたキースが僕らは間違った列車に乗ったと言う。遅れていた列車が先に入ってきて、時間ぴったりだったので、誤解して、一つ早いのに乗ってしまったのだ。やはり英国は、英国時間だ。車掌に聞いて、ブラッドフォードで降りることになった。途中町の人に道を聞いて、ブラッドフォードのもうひとつの駅まで歩く。そこで、今度はどれに乗るか聞くが駅員がいない。合理化で駅員を置いていないのだ。それなりに大きな駅なのに私営化のしわ寄せ。ようやく今度は、キースリーへ行こうと考えたが、これまたそこまで行かないというので、スキプトンで乗り換えることにした。途中世界遺産のsaltaire(19世紀の工場が美しく保存され、博物館になっている)を通り過ぎる。しかし、skiptonで降りてみると鉄道では、キースリーに行くには、リーズに戻るしかないと言う。そこで、バスで移動することになる。丁度良いことに、スキプトンskiptonからグラシングgrassingまで行くバスだ。地方バスは、この間労働党政策で全国的に60才以上は無料という。キースとコリンはそのパスを持っている。おわびというか、スウエーデン人と僕らの切符を買ってくれる。Grassingは目的地だったので、結局、当初の予定時間とあまり変わらない時間につけたので良かった。そこからおよそ5-6マイルのpathway散策というかウオーキングの計画だ。サンドウイッチと地元のブラックシープビアで男たちは腹ごしらえ、女性はサンドウイッチ、あるいはゴートチーズの前菜とサイダーで軽食をして、それから町の途中から、パスウエーに入る。
左は、スウエーデンの二人。真ん中は、腹ごしらえのパブで。コリンがおどけてカメラをにらんでいる。
街中を抜けていく。Grassingは小さくてきれいな町だ。
街中の成人教育センター。日本の公民館みたいなものだ。
ここから歩きだ。
この日は、少し距離をセーブして周回コースは比較的短距離で5-6マイル(8-9キロほど)くらいか。
この私有地を横切って自由に歩く、free foot path運動は、1920年代に当時の共産党などの提唱から始まり、戦前以来この国に定着している。牛、羊、ウサギを襲う野生ネズミ、小さな鷹の種類がそこここに見える。それに泥道と山道の歩き、だが新鮮な空気、気持ちが良い。雨を怖れたがやや大丈夫だった。キースは親切にトレッキングシューズを用意してくれていたが、僕のウオーキングシューズで何とかなった。周回に近いコースで、帰路の最後はriver aireの川沿いを歩いてのコース。
陽が急速に傾いてきて寒くなる。待ち時間のビールとカフェ。皆気持ちのよい汗とやや疲れた表情か。
Grassingで待ち時間1時間。カフェでビールやカフェラテでのどを潤し、近くを散策する。この日は、キース、コリンが、昼の食事など払いっぱなしなので地元の有名なキャンデーボックスを彼らに買って渡す。コリンは、B&Bの良さそうなパンフを手にいれてきて、いつか泊まるという。バスでスキプトンまで戻り、そこからリーズへ戻る。駅でコリンと別れて、キースらと家路に。
駅前の飾り付けですっかりクリスマス模様。スウエーデン人たちは、この国は早すぎるという。クリスマス商戦がやはりねらいのようだ。帰路、スーパに寄り食材を求め、食事後、バスタブに湯を張り体を伸ばし、泥で汚れたズボンを洗ってから寝る。
11月9日 日
テレビでは、昨夜と今日にかけて大規模なリメンバランスデイの行事。BBC1と2がずっとそれを流している。戦勝国が故か、大英帝国の威信か、軍事的愛国心の高揚がやはり強い国だ。日本国憲法9条下の日本ではこのような軍隊が全面に出て、戦死・戦傷者を悼む行事はない。これが、日本の右派政治家たちが復活させたいあるいは国民統合としてしたいことの一つなのだろう。エリザベス女王、リチャード皇太子(Prince of Wales)、ウイリアム皇太子他、多くの王室関係と陸、海、空、など各軍隊の退役将校と首相(ゴードンブラウンもメジャーもサッチャーも)各政党党首、世界の各界宗教代表、英国連邦諸国および世界に散らばる旧植民地国代表が同席する記念行事。<王室・議会政治家・軍隊・国教会・旧植民地コモンウエルス>という五者一体型の国家レジーム。この構造をこの国はいつまで引きずっていくのだろうか。翌日、日曜日のwhite hall前のロンドンの慰霊碑をパレードする延々としたベテラン退役兵士たちは、およそ60-90代の人々だ。リメンバランスの対象となるのは、古くは、ロシア革命時から、第一次大戦(独仏国境線など)、第二次大戦(アフリカ、欧州、東南アジア、日本など)、朝鮮戦争、中東戦争、ローデシア戦争、北アイルランド紛争、フォークランド戦争、最近のイラク、アフガニスタン戦争等々の長い戦争の歴史のそれぞれにだ。多くの国民が兵士になって、犠牲になった。それを国が、歴史の記憶を忘れないように国家行事として取り組む。それぞれの戦争には、多くの評価がつきまとう。しかし、挙国一致というのがこういう形になるのか、やや違和感が残るのも確かだ。英国のもうひとつの顔だ。これはどう考えたらよいのか。ナショナリズム問題は、21世紀の解くべき難問のひとつだ。
BBCだけが延々とこれらを放送したが、民放は通常通りの、娯楽や、アドベンチャー、フットボール、ラグビーなどの放送をしていたのは当たり前のことか。しかし、日本などは、もしもこういうことが復活したら、テレビはどのチャンネルも同じになるだろうなとも思う。
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