この間の多忙で、ブログ更新が滞ってしまった。
この秋の韓国農村教育調査(10/7-10.11)(その3)を記録として残しておこう。
10月8日(木)
この日の前半のこと(プルム学校及び同専攻科の訪問調査)は前号に書いた。
午後3時からは、プルム学校と緊密な関係にある忠清南道・ホンソン(洪城)郡・ホンドン(洪東)地域の学校調査として手始めに、洪東中学校を訪問調査した。(この時間は、インタビューに集中して、写真を撮ることを失念してしまった)
李ジョンロ先生(校長)が迎えてくださり、説明を受けた。李先生は、2007年に導入された校長公募制での採用となった方だ。
当時の報道記事を読むと、2007年に忠南天安市ポクチャ女子高校で31年間教鞭をとり、英語を担当していた李ジョンロ先生(当時54歳)は、上記新聞記事ファイルにあるように「教師に自律性を最大限与え、生徒たちの実力を伸ばしたい」との強い意志を抱いて赴任されたという。全校生徒150人の農村の学校であることを考慮し、それにあったスタイルの学校を創るという抱負である。この公募には、現職校長4人、一般教師5人の計9人が応募したが、その激しい競争を経て、李先生が選ばれた。記事では、ご本人は「教師らの自律と責務性を強調したのが高い点数となったようだ」と話されている。(ちなみにこの年実施された校長公募では、全国55の校長公募制学校(公立)において、55人の内、現職校長は16人、教頭は26人、期待を集めた一般教師からは8人選ばれたに止まったという。(2007年7月29日、韓国教育部公表)
なお、韓国の校長公募制は3種類ある。一つは、外部型で企業経験などを生かしたもので、教職経験をもたなくてもよい。二つ目は、内部型で、15年以上教職経験を有する教師からの登用(李先生はこのタイプ)、三つ目は、招聘型で、既存の校長資格を持つ教員の応募である。この公募制は、始まったばかりの実験である。昇進・昇格の従来のルールに別の風を入れることには、当然に賛否両論や教員内部にも抵抗と賛成の動きがあるようだ。
ちなみに、李先生は、この地域の全教組初代委員長であり、忠南教育研究所所長経験をもち、公州大学校との共同研究・実践も進められてきた経歴をお持ちである。なお、ホンドン中学の教職員の9割は全教組組合員である。
以下は、李ジョンロ先生のインタビュー要約である。
ホンドン中学で、目指しているのは、学校を軸とした教育・文化・生産・生態環境保全の地域作りというプルム学校の方向に学びながら、学校づくりを進めることである。
従来の教育は、知識重視社会に対応する教育課題設定であったが、これからは力量形成の教育課題である。自然体験、読書を重視して、地域社会と連携して教育活動を行う。
未来社会は、専門職という形式資格だけでは役立たず、新しいタイプの実力のある専門家を求めることになる。国連統計の推計では、現在人は、生涯に2.7回の職業変化経験であるが2025年の推計では、生涯に29-39回の転職をするという。時代の変化に対応できる力量形成が重要である。
このような教育は、都会よりも農村部の方が、基盤があり、充足する要件をもっている。このような実践を行うには、教師の力量づくりが重要で、自発性、アカウンタビリテイ、達成感のある実践を学校が援助できるよう、校長はリーダーシップを発揮する必要がある。
ホンドン中学では、教育目標の一つに、親が共に参加する学校づくりを掲げている。この場合、子どもを学校に通わせていない住民も一緒になって地域と学校をつくっていくことを目指している。
李先生は、この学校に来て2年経過したが、結果評価にはまだ早いし、結果もまだ途中段階であるが、成功面と課題を双方にもっていると考えている。
一つには、成功面あるいは実践途上の課題である。一言で言えば、生命・平和・教育を一体のものとした普遍的な人間づくりである。田舎の学校にあっても、世界のどの地域でも通用する人間づくりをめざしている。そこには、教科学習の充実だけではなく、教科以外の分野でも地域社会の資源を活用して、自ら一人前になって共に生きていける力、自分が何ができるか見通せる力を培う実践をめざしている。
ホンドン中学では、国の正規のカリキュラム以外に、三つの科目を設定している。①進路・職業(1年)、②生態・体験学習(2年)、③人性(人格)教育(3年)である。これらに共通するのは、生きる目標、学習のモチベーションを引き上げる、共同体験、労作学習、共同学習である。
このような実践は、政府の進める「田園学校」政策とも合致し、ホンドン中学は、今年同プロジェクトの実験事例に選定されて2年間で、17億ウオンの補助金(日本円で現在のレートでは、約1億3-4千万円!)を獲得した。これは、大いなる追い風である。施設設備改善、多様な事業実施、専門的な授業、オプショナルな授業への講師の雇用など道が広がった。ただし、同時に、2年間の補助金執行終了後の継続見通しも課題となった。
二つ目は、長期的な課題というか問題点である。ホンドン中学の目指す教育改革には多くの父母、住民が賛成してくださっているが、中には違和感をもっておられる親御さんたちもいる。帰農された親たちは、プルム学校の50年の積み重ねへの深い信頼があるし、この学校の方針には大いに賛成し協力いただいている。しかし、少なからぬ旧住民の中には、韓国社会の支配的な価値観として、子どもには、都会の有名大学に進学させて、大きな企業に就職して安定した暮らしをさせたいという願いがある。そのように考える親たちにとって、ホンドン中学の教育には、そうしたコース選択と合致するのか不安という危惧感や学校関係者との改革への温度差がある。従って、地域社会と連携して全人的な子ども達の発達や変化を願うという学校の経営方針は押しつけるものではなく、子どもの力の成熟や変化とともに理解してもらう他はないが、率直に言ってこのような課題が存在することは事実である。
10月9日(金)
この日は、午前はグムダン小学校の訪問調査から始まった。
対応してくださったのは、シム・ゼーヌン校長先生である。ちなみに、話の中で、シム先生は、ホンドン中学校長の李先生とは、中学・高校とクラスメートであったので、良くご存知の関係であるという。
グムダン小学校は、1944年創設の65年の歴史を持つ学校である。3200人の卒業生を持つが、最大時には800人の生徒数(1969年)を持ったが、その後全国的な農村地域の衰退人口減とも同じようにこの学区も人口が減り、2年前(2007年)には、40人にまで減った。親の中には不安を感じて転校を考える親が6人も出てきて、その場合は34人になって、廃校の危機を迎えた。そこで、その年に赴任したシム先生は、この危機に無力感や捨て鉢な気分を抱いていた親や総同窓会の人たちに、次の説得をしたという。
小学校が無くなれば地域の重要な灯が消える、皆が共通の拠り所集まれる場所が無くなり、子ども達の希望を消すことになる。何とか他の地域の子どもを呼び寄せて、学校を存続させる。外部資金を獲得して学校の改善を行う。どうか3ヶ月の時間を頂きたい。学校に寄付を寄せていただきたい。
シム先生は、ご自身と教職員の涙ぐましい努力と、成果の興味深いエピソードを多く話されたが、詳細はここでは省く。その成果もあって、現在は、生徒数は88人に増加した。ホンソン郡で唯一生徒数が増大している学校という。評判もあって、中には、済州島から転校してきた生徒がいる。この日、クラス参観した2年生の学級にその子はいた。転校してきた児童の出身地域は、ソウルや京幾道から3人、忠清南道からは約8割の34人、忠清北道から2人、済州島から1人と言った具合である。シム先生は、この間、各方面を駆け回って学校の宣伝と、生徒集めを行い、転校してくる家族には住宅や仕事の斡旋もしてきたという。外部資金は、国の特別プロジェクト補助金やサムソン財団の基金補助など多様な財源に応募して獲得してきた。こうして、制度的な学校運営費以外に4割をそこから獲得しているという。その支出方途については、例えば、転校してくる児童には一人100万ウオンの奨学金、バス通学児童には毎月1万ウオンの補助費、給食費は全額無償、コンピュータは全児童に供与し、英語教育にはネイテイブの教師を加算して雇用している。また、中国語の学習もカリキュラムにはある。児童の進路は、9割がホンドン中学で、残りは他の中学校に進学するという。ホンドン中学を選ばないケースには、ホンドン中学の方針に違和感を持つ親も少数ながらいるという。グムダン小学校の児童には、なるべくホンドン小学校の分校意識を持たないよう、のびのびと元気に育ってもらいたいという。
ホンドン食堂での昼食後、今度は、「ガッコル子どもの家」(保育園)の訪問調査である。午後からは、この分野に興味をもつKさんが加わった。
対応していただいたのはカク園長先生である。ガッコルとは、隅にあるという意味で、ガッコル子どもの家は、社会の隅で目立たないが重要な位置をもつ人材の育成というプルム学校の精神を受け継いでいる。
子どもの家は、社会福祉法人であり、2-3歳2クラス、4-5歳2クラスの保育を行い、子どもの受け入れ定員は67人(現在66人)、保育士・職員は11人、補助職が1人の計12人の体制である。障害児保育も行いそのために上記以外に1人の保育士が専門配置されている。韓国では、保育士は4年制大学の幼児教育専攻コース修了者が大半で、資格は1-3級まであり、4年制大学卒の場合、1級資格保持となり保育士、幼稚園教諭の双方が取れるという。インタビューでは、有機農業を生かした給食、アトピー対応、子育て支援の現状、男女の役割の時代変化、労作教育や韓国の伝統遊びや音楽を取り入れたカリキュラムの特徴、園児の一日の生活リズム、延長保育のこと、保育士の生きがいや互いの実践評価など多岐にわたる質問と応答があったがここでは省略する。園庭で遊ぶ子ども達の姿が、のびやかで元気で心が和んだ。
午後3時には、今度は、ホンドン小学校へ移動した。送って下さったのは同小学校教諭でホンソンミョン先生のご息女であった。
チョー・インボ(趙仁福)校長先生が応対し説明下さった。比較的若い校長先生である。前職は、ホンソン郡教育庁の奨学士(日本流で言えば指導主事)をされていたという。この春に着任したばかりであるとのことである。
以下はインタビューの要約である。
ホンドン小学校は、1922年創立で、87年の歴史をもつ。児童数は、107人(2009年)、正規教職員は17人である。
加えて今年の教育部からの「田園学校」指定(2年間で17億ウオンの予算措置)によって、期間限定講師、パートタイム講師、時間講師の計15人が、予算措置されている。107人に32人の教職員というのは相当に潤沢な人的配置である。
「田園学校」指定の事由の一つは、ホンドン地域が親環境農業地域であり、その地域特性を生かした特色プログラムが採用されたからという。これは、プルム農業高等技術学校が目指している地域教育理念と一致しているともいえる。
特色プログラムは、1年から6年のクラスを、異年齢混合の8グループに分けて実施されている。同プログラムは、春夏秋冬の季節毎に異なり、子どもたちの感受性と人性(人格)の総合的発達の援助指導を目指している。例えば、ホンドン地域の「植物・生物図鑑」は既に美しい冊子となっており、地域の生態観察による成果であり、子ども達の教材でもある。また畑の微生物、植物、昆虫、小動物などの観察による「四季図鑑」作成も目指している。山苺ジュースやお茶などは、学校生協や農協などとの連携で製品化されている。こうした自然学習には、学校の教員だけでなく、地域のその道の専門家がガイドとなって子どもたちに体験学習を提供しているのが特徴であり、教師もそこで視野を広げている。また、学校間連携、学校と地域との連携も多く事例を話されたが、ここでは省略する。
今後の計画には、①地域連携プログラムとして親環境農業地域特性を生かしての小中高の連携実践、②教育的事業としては、先端教育施設を導入してユビキタスラーニングを行う。そのためにも、パソコンを全児童に供与、無線ランの設置、教科書のデジタル化、電子黒板などを取り入れる。教科外には、映画制作、英語英会話、等を行う。趙先生は、①緑色環境、②銘品教育、③世界一流の先端田園学校を目指すという。
ホンドン小学校の目指す目標には、ホンドン中学校で話された内容と共通する面もあったが、同時に趙先生固有の判断もあり、ユビキタスラーニング(その意味するところは判然とはしないが)などは、果たしてプルム学校のそれと共通していくのかどうか。多少の違和感が残ったのも確かである。ただし、ホンドン小学校の父母は、帰農した家族も、都会進学を考えている親も「田園学校」指定による、教育の充実には賛成しているという。
調査の最後の夜は、ホンソンミョン先生の講演と総括会議であった。
講演と総括会議の記録は以下を参照されたい。
ホン先生の調査参加者へのプレゼント。韓国の伝統的な飾り物。米をとぐ前に石やゴミを取り除くときの道具だが、転じて福を呼び寄せる象徴。帰国後、家の台所の壁につるした。
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