今の僕をみて、「小さい頃からふっくらされていたんでしょうね」などと、やんわり哀れんでもらうときがある。
ところがどっこい。小さいときは、ひょろひょろで、よくつまずいて転んだらしい。それで、山羊の乳を飲み、小学校低学年は、学校に行く途中、牛乳家に寄って1本牛乳を飲むことを母親から、言われて実行していた。小学校低学年の頃は、学校が遠かった(数キロ歩いた)ので、よく歩いたことや畑仕事の手伝いなどで、やがて、少しは筋肉質の体型になった。中学、高校の頃はスポーツは好きだった。短期間入部したりしたが、スポーツ部の体質が合わず、長く運動部には属さなかったが、体を動かすことは嫌いではなかった。高校から大学1年の頃までは、ウエイトが50kg台前半だった(10代後半)。専門課程に進んでの大学学部生時代は50kg代後半だった。
まあ、僕も、一応標準体型であったのだ。そのことを言うと、現在の友人たちは、誰も信じてくれない。
しかし、若いときの友人たちと(久しく会っていない場合)会うと、皆仰天して、「本当に○○(僕のこと)か?」、どうしてこんなに「フトッタの?」などとのけぞる。
大学院時代も一応標準体型であったが、院生時代(D2のとき)に結婚し、その後、大学に職を得て、子どもも授かった。その頃からか、研究教育実践領域のせいもあるが、30代から40代の頃、若者集団とつきあい夜半の飲食機会が増え、生活も不規則になりがちになった。その頃から体型変化が現れた。
87-88年の在外研究(英国)でいったんウエイトが落ちたが、その後90年代の私的事情の困苦とストレスがあり、ウエイトが増加した。気分一新と、愛知から大学を変えて、移動した埼玉時代はそれでも、少しはウエイトを落とした時期があった。
しかし、この北の地にきてからは、不可逆的増加。10数kg増加した。最初の数年間の単身時代の外食、冬場の運動不足、多忙とストレスがそれを加速した。メタボを超えてヘビメタ状態になった。
さすがにこれではいけないと、時々、新情報を仕入れては、△△ダイエット、××ダイエット、○○ダイエットを試みるものの、三日坊主の悪癖は直らず、大体は途中断念とリバウンド。
連れ合いからは、すっかりバカにされ、あきれられてきた。
ことしは、その長年の悪癖を返上すべく、そしてあまり気張らずに、計画的に目標を達成するように始動している。
一つは、メンバーになってのスポーツクラブの通いである。行ってみて驚くが、実に多様な器具と機材とプログラムがある。僕はそのうちの初級プログラムの機材を用いての負荷運動(特に足の筋力up)と筋力回復を行い、その後は軽い水泳と水中ウオーキング、最後は入浴して帰る。大体時間の合間を見て、週2回一回2時間弱の運動で、汗を流し始めた。
もう一つは、食事のカロリー意識。これは、あまり、無理はしない。休肝は、まだ週1回程度だ。だが、家での食事以外での外食を意識化することも・・・などと、まあようやくフツ-の生活スタイルをめざすべく、意識改造である。
三日坊主をやんわり返上すべく、こうして恥の公開と実践宣言である。
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