今日は、年度末の3月31日。
この地は、まだ雪が残るが、雪が融けて、日々乾いた土が広がっていく。朝の犬の散歩で、そのことを実感する。木の芽も少しずつふくらんでいる。
今日は、午後、H労働委員会から「命令書」が出た。組合が、一昨年の団体交渉時に受けた不当労働行為に関して、この1年間かけて取り組んできた成果である。
快挙と言って良いだろう。
大学の組合に対する不当労働行為への救済申立に関して、労働委員会は、大筋その内容の正当性を認めた内容の命令書を出したのである。
H大学において、法人化後、労働委員会から、大学に救済を命ずる命令書交付は初めてのことである。また、不当労働行為を認定するだけでなく、組合への支配介入を認めて、謝罪を命令しているのも極めて強い措置である。
労使間の争点となった内容(賃金の不利益変更の不当性、人事院勧告準拠のみに固執する大学対応、大学職員の賃金の民間賃金や国家公務員と比較しても劣位である点、契約職員の不利益改定に関して団体交渉に掲げず引き下げたことなど)に関する判断踏み込みはしていないという問題性はあるが、労使間のルールにおける、正当な交渉手続きや話し合いのルールに関して、組合を軽視無視しての不当労働行為であり、団体交渉に関しての実施の明言を避け、いたずらに引き延ばし最終的に打ち切るなど混乱させたのは組合への支配介入であり、謝罪を命令するというまっとうな判断がなされたのである。
申立人の組合委員長のKさん、元書記長のYさんなどは証言に立った。まことに頭の下がる努力をされた。弁護団の3人の弁護士さんたちは、それを説得力ある論理として組み立てられた。そして、多くの執行委員や支援者の方々が応援した。その人たちの声が届いたのだ。僕は、申立人の補佐人をつとめて、脇に座っていただけであったが、こういう勝利の場面に立ち会えるのは嬉しいものである。
命令書の公布後、申立人と弁護団、補佐人たちは、記者会見を行い、その後大学に戻った。
*夕刻前に、教職員組合・弁護団の「命令交付にあたっての声明 2011 3 31」が出された。ポイントが明確にされている。
命令交付にあたっての声明 2011 04 07 (2)をダウンロード (文言の一部修正がなされた正式声明)
大学では、明日から仕事を始める修士修了の留学院生のG君、研究生終了後、私立高校の教師となるS君から、挨拶を受ける。彼らは、ここにたどりつくまで、いろいろな困難があった。そう思うだけに、僕は心から、門出を祝した。
5時の勤務時間終了後、非正規職員のSさんが丁寧に教員関係者に挨拶に回られた。3年間の有期雇用の枠組みを突破できずにいることの口惜しさはあるが、Sさんの働きは格別のものがあった。先日の学位授与式後の学生、院生のスピーチの中に、Sさんがいなければ卒業も危うかった。ずいぶんときめ細かい情報や支援で助けられ、心から感謝しますという言葉があった。
なのに、なぜ3年だから辞めなければならないのか。そういう思いもあるだけに、部屋に挨拶に来られたSさんの今後のご健闘に心からがんばってくださいという気持ちと、大学のありかたの変革が求められているのに、それが我々の力不足でできずにいると思う忸怩たる思いもあって、複雑な心模様であった。
さて、労働委員会の「命令書」にもどるが、上記のことを含めて痛感するのは下記のことである。
この時代に必要なのは、まっとうな、人間的な感受性と相手を尊重する態度である。
とりわけ、強い立場にある使用者側の責務は大きい。
デイーセントワークに関して、この厳しい転換期、危機社会の中にあるだけに、理解を深め、
働くことの人間的なルールを築きたいものである。
H労働委員会の「命令書」の本文は下記のウェブを参照されたい。
命令書:http://www.pref.hokkaido.lg.jp/file.jsp?id=369419
命令書概要:http://www.pref.hokkaido.lg.jp/file.jsp?id=369417
翌日、4月1日の新聞記事(朝日新聞、北海道新聞、産経ニュース(ウェブ)、ここでは、朝日と産経)
その後、組合K委員長が収集されて4紙(道新、朝日、毎日、読売)となった。
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