再び日程がタイトになっている。
社会教育研究全国集会が開催目前になってきた。何度も紹介するが、下記のurlを参照されたい。
http://www.geocities.jp/shazenkyo2008/
当然ながら、実行委員会、事務局の動きが俄然、あわただしくなってきた。あまり好きな表現ではないが他に代わる表現が思いつかないので使うが「臨戦」体制になってきたというのだろうか。細々とした情報のやりとりと修正作業が毎日続く。集会の成功に向けての準備に怠りがないように皆が努力している訳だ。
この場合、「成功」というのは、僕が思うには、多分次のようなことだ。
①参加者数目標へ到達水準が近づくこと(これは同時に赤字を出さない財政的な水準確保も示す)。
②量的な結果だけでなく、1年半から2年かけての集会準備プロセスの中での、実行委員会をになうメンバー各自の力量や意欲の拡大がみられること。
③今回の集会の特色づくりがはっきりすること。また、課題別集会(6つ)、分科会(今回は24分科会)、第一、第二全体会の質や盛り上がり、分科会での報告内容作りにおける実践水準や質の高まり、生き生きした討議と納得の行く各自の受け止め方がされたかどうか。
④北海道の各地の地元の運動やネットワークづくりへの波及効果、全国各地の多様な、文化、学習運動への寄与(今回は、地元ではプレ集会の多さと内容の豊かさも特徴的だった。それが本集会にも影響することが期待される)全国各地の運動に相互に学びあうことも重要な全国集会効果だ。
⑤新たな参加者の拡大がどれだけ進んだか。社会教育分野での仕事をめざす若者や学生への励ましと意欲向上になったか。住民・市民や、職員に勇気ややる気を起こさせたか。
⑥国際的な連帯や運動的な視野の拡大(今回は韓国からこの数年に続き24-6名の参加、またその他の国からも参加)に貢献したか。
⑦この集会に対する、自治体やメデイア、各種の団体、事業組織、などの後援、共催、援助が広がったか。多様な諸組織への働きかけによって、社会教育への支援、認知の広がりが見られたか。
⑧この集会の成果を生かした今後の集会の発展方向の示唆を得られたか。
などであろうか。
そのために、僕も、微力ながら、分科会世話人の詳細なマニュアルづくりとそれを埋める作業、自由交流集会(15の企画になったがその情報のやりとりと具体化)などの組織化をはかってきたのだ。
今の実行委員会は多彩なメンバーだ。なすべき仕事も実に多様だ。課題別集会、全体交流会、全体会などの詳細なプログラム作成とその人的配置。実行委員だけでなく、協力してくれる学生ボランテイアの組織化と配置、全体交流会の食材手配や弁当手配、参加費の徴収の基準、参加者の人数拡大とその確定作業、分科会や課題別集会の部屋や会場配置、会計業務、広告取りや、報告資料集作成、etc。
こんなことを毎日していると、ぼくらの小さな集会(多分600-700名規模になるか)でも、実に多様な実務仕事があるわけだから、当たり前のことだが、今行われている北京オリンピック(委員会など)の業務は、僕たちの視野や力量では、考え切れない、想像を絶することを、こなしているのだろうなと、妙に感心してしまった。
今は、僕は、この週末の全国集会の成功をひたすら望んで時間と労力を割いているわけだ。
従ってというか。その合間を縫って、学生、院生の研究、教育指導、学会や民間教育運動の仕事をこなすことになるのだから、時間の海をわたることになるのは、致し方なしか。やや体調に不調を覚えているのは困ったことなのだが・・・・
さて、8月20日は、東京で学会のプロジェクト研究の研究会があった。ついでに、僕ともう一人の若手研究者が主催する研究会も行った。二つ共に内容的には、多くの示唆を得た。ここでは具体的なことは触れないが、参加の意味はあった。
ただし、今回は、日程の余裕がないので日帰りで帰ってきたが、一つはやはり肉体的に疲れることがある。僕ももう若くはないのだ。
また別のもう一つの面では、経費的にはいつも厳しいなと思う。理系の学会などとは違って、社会科学や人文系の専門学会規模は、小さいので、旅費保障はない。今回は、自分の研究旅費も限定されているので、手弁当にせざるを得なかった。こういうことが年間どれくらいあるだろうか。賃金以外の収入の殆どない北海道在住研究者は、こういう点では、不利益を被ることになる度合いが大きい。首都圏を離れられない人々にはこういう面も考慮に入るのだろうと思う。
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